妥協せざる人々

映画館に観にいった映画についての感想文。

ドグマ・不純の誓い
―于颪辰娠撚茲亡脅佞靴燭
⊂暖饉圓箸靴討領場を明確にするぞ
1撚茣嫋泙竜_颪浪真佑砲睚薪であれ
け撚茲呂燭世修譴世韻農斬なんて持ち込むな
ケ撚茲乏壁佞韻鷲要ない
ι埔鰺な文章で失笑を買え
他人の価値観からの脱却を図れ
╋欧覿欧訖様佑竜せちを逆撫でてみろ
ナンバー・ワンではなく、ロンリー・ワンを目指せ(泣)
“映画好き”を自称しつつそれを貶める人間に憧れろ(号泣)


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お詫び
ただいま、個人的な理由により映画鑑賞が困難となっております。テレビ放送、あるいはビデオグラムなどでは鑑賞しておりますが、映画フィルムと劇場スクリーンがあってはじめて映画鑑賞が完成するという考えの下、当ブログのテキストは、劇場での鑑賞作品の感想に拘らせていただきたいかと存じます。暫しお待ちいただければ幸いです。
お知らせ
おかげ様をもちまして“未公開または書きかけ”のテキストが100を越えました。観たこと自体忘れている作品も少なくありません…。こんな僕を許してください。
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乖離する欲望、反復する時間  惱ね紂
07年1月21日(日)分

‐硝椽喇彜篤頂酩福惱ね紂

71年 松本プロダクション=ATG。パートカラー。スタンダード。135分。フィルム状態・可(但し、冒頭のみ傷あり) 鑑賞状況 座席50席中25名程度。個人的タイトル『唐十郎の日本一の裏切り男』。

鉛筆2 本日はセンター試験二日目とのことです。みんながんばってみんな受かるといいですね。人間の欲望は無限大ですから、他人よりいかに点数を取るのかが重要なのですが、ここが今日の試験の根本的な誤りでしょう。だから皆、金を掛けて塾などに行き抜きん出ようとする、教育格差などと言われる所以です。しかし、それは本質的な教育なのではなく、試験のテクニックを身につけたといった類のものであり、だから学習塾は教育機関ではないと断言したいと思います。試験とは本来、習熟度を確認するためのものであります。しかしそもそも習熟度って何だね。大人の都合では?スタンダリゼーションでは? それはそうと今年は暖冬などと言われていますが、もう20年以上経ってしまった僕たちの共通一次試験の時も、小春日和って感じでしたね。交通機関の混乱ってなかった気がするんですが。外はポカポカでも試験会場は底冷えしてたけど。学校の教室ってなんであんなに寒いんだろ。

王冠2 さてさて本日はラピュタ阿佐ヶ谷の「蔵出し銀幕大歌舞伎」特集です。松本俊夫監督作品『修羅』。松本俊夫監督作品と言えばシネセゾン渋谷がまだシネセゾンだった時代(今はテアトル)に観た『ドグラマグラ』だけですのでドキドキわくわくです。もっともその時は誠に申し訳ないんですが、松本監督目的というより、脚本担当の大和屋竺さん目的だったことをここにお詫び申し上げます。本来ならば押さえておくべき『薔薇の葬列』も、ともすればぜひ観ていたい『十六歳の戦争』も観ておりませんので、重ねてご容赦であります。

ジョギング 冒頭、えらい勢いでおてんとさんが沈んでいかれます。ここだけカラーです。この微速度撮影シーンで、この映画が時間に関して通常進行でないことを、松本監督は宣言されておられます。そういえば『ドクラマグラ』でも時間は捻くれており、観念も捻くれており、カオス状態だったことを思い出します。大丈夫か?映画について行けるか。一抹の不安を覚える、ワタクシでありました。

ソフトクリーム さて、黒白映像になります。誰かが御用の追っ手から逃れるために全速力しているようです。時間の混乱はすでに始まっています。集団惨殺の風景は主人公である中村嘉葎雄さんが見た不吉な夢でした。目を覚ますと愛しい芸者、小万がやさしく愛をささやくのですから。しかし、それは結果的には自分の将来におこる自らが起こした始末なのでした。このように夢や願望が現実に先行し、アングルを変え繰り返され、そして裏切られていきます。これは嘉葎雄さんの意識の流れが、目に見えてない、後に全貌が明らかにされる時間の流れに横滑りにされていくといった印象があります。皮肉なことに悲劇なくして全貌は詳らかにされないのです。

コンビニ このヒエラルキーの皮肉な物語は、日本国民を“忠君”という魅惑的なテーマで忙しい年末を捉えて離さない『忠臣蔵』の自己パロディーのようにも思えます。忠君ゆえの悲劇ですから。状況を選択できない崖っぷちですから。観客たちの溜飲も一点に収斂されていきます。今となっては結果ありきのドラマツルギー。しかし、ここでの暴力の願望は、一方通行ではなく一巡し、あたかも複数の選択肢があるように状況が羅列されるものの変更はできず、揺ぎのない現実が進行します。つまり“今”とは他者と共有しているのだという現実。ここにヒエラルキーの入り込む余地はありません。(素性を隠したために)自分が先行して受けていた悪徳の洗礼が、まさに自分のための資金調達手段であったという現実に突き当たるわけです。天に唾を吐く行為でしょうか?

野球 企業における不祥事が相次いでいる昨今、サル山のごときヒエラルキーの関係構造が温存されたまま、しかし実際にはそれらがまったく省みられない、むしろそれらを強化するかのような、機会平等が夢物語であるはずの成果主義的評価制度の隆盛は、(モラルの不在という)内部事情に酷似しているように僕には思われました。そういった無法状況が企業そのものを破壊しうるエネルギーとなっていることは、私たちが見てきた通りです。


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