妥協せざる人々

映画館に観にいった映画についての感想文。

ドグマ・不純の誓い
―于颪辰娠撚茲亡脅佞靴燭
⊂暖饉圓箸靴討領場を明確にするぞ
1撚茣嫋泙竜_颪浪真佑砲睚薪であれ
け撚茲呂燭世修譴世韻農斬なんて持ち込むな
ケ撚茲乏壁佞韻鷲要ない
ι埔鰺な文章で失笑を買え
他人の価値観からの脱却を図れ
╋欧覿欧訖様佑竜せちを逆撫でてみろ
ナンバー・ワンではなく、ロンリー・ワンを目指せ(泣)
“映画好き”を自称しつつそれを貶める人間に憧れろ(号泣)


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お詫び
ただいま、個人的な理由により映画鑑賞が困難となっております。テレビ放送、あるいはビデオグラムなどでは鑑賞しておりますが、映画フィルムと劇場スクリーンがあってはじめて映画鑑賞が完成するという考えの下、当ブログのテキストは、劇場での鑑賞作品の感想に拘らせていただきたいかと存じます。暫しお待ちいただければ幸いです。
お知らせ
おかげ様をもちまして“未公開または書きかけ”のテキストが100を越えました。観たこと自体忘れている作品も少なくありません…。こんな僕を許してください。
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08年7月10日(木)分

.Εシャウスキー・ブラザーズ監督作品『スピード・レーサー』

08年 アメリカ。135分。カラー。シネスコ。配給 ワーナー・ブラザーズ映画 原題 SPEED RACER 字幕翻訳 松崎広幸 鑑賞状況 観客10名程度。個人的タイトル『レーシング家族フリンストーン(でもお父さんはマリオ)』。

予告編


虫眼鏡 基本的にハリウッド製娯楽系映画というのは、無かったものとして扱ってしまうというイケナイ傾向にある青二才な私です。しかし、ある日偶然テレビのチャンネルをぐるぐる当ても無く回していたところ、今回のこの映画の公開に合わせてということでしょう、日テレで『マトリックス・なんとかかんとか』をやっていたのでうっかり見てしまいました。キアヌ・リーヴスさんが女の人のお腹に手を入れて弄っているシーンでした。いや〜んエッチ!ラブ しかしすぐ気を取り直しあっ、と思いました。だってアイルランドの写真家、ボブ・カルロス・クラークさんの写真集『オブセッション』そのままのイメージだったからです。なかなかやるわいウォシャウスキー兄弟、と思いました。そして今まで無視してしまった自分を深く恥じました(ホントかよ)。やっぱり映画は観てみないと判らない…。しかも止せば良いのにムービー・プラスでこの映画の特集番組を見てしまいました。これがなんと、日本のアニメ番組『マッハGOGOGO』の実写化だというではありませんか。タツノコプロは『カバトット』が大好きですが、『みなしごハッチ』や『いなかっぺ大将』『ガッチャマン』をはじめとする戦闘ものなど色々見ていたものの、それほど心に響くものはありませんでした。今考えると不思議です、なぜでしょうか。心を占有する別の何かがあったようです。しかしそれとは関係なく『マトリックス』が画期的なこだわりの映像なら、今回の映画はどうだろう?どうくるのだろう?興味が湧いてきてしまいました。やっぱり青二才です、修行が足りないです。そしてコンピュータ・グラフィックス満載のカーレースシーンを見て、ある確信ができました。これは絶対、劇場のスクリーン&ドルビー+DTS音響で観るべきだと。たまには頭を空っぽにして映像に身を委ねてみるのもいいだろう。私はそこでウォシャウスキー兄弟の“映像の遍歴”を確認するはずなんだ、そしてそれは私自身のものでもあるんだ、と。

テレビジョン 彼らの“映像の遍歴”とは何でしょうか?イルミネーションの洪水の中で私はふたりの特撮映像作家のことを思い出していました。ひとりは『2001年宇宙の旅』(またですか?)の特撮担当者のひとりダグラス・トランブル。そしてもうひとりは、数多くの先駆的CMを創ったことで知られているロバート・エイブルその人です。これは私の想像でしかないのですが、アメリカで70年代を少年として過ごしてきた人にとって、彼は憧れの存在だったのではないでしょうか。光の洪水と言えば『2001〜』のスターゲート・コリドーと呼ばれるシーンが有名ですが、お茶の間にあるテレビで繰り返し映し出される彼のコマーシャルは、むしろ“原体験”として有力のように思われます。子供時代のプリミティヴな視聴覚体験とは理屈ではない。その存在自体に圧倒されること。そしてワクワクする麻薬的経験。サイケデリックとは、大人になることを迫られていた人々が、理詰めを捨てて肉体へ回帰することだったのかも知れません。ウォシャウスキー兄弟はこの映画で、家族の結束というテーマを振りかけながら、彼らの少年時代の今日的再現を試みているように思えてきます。それは同時に、知識は豊富になったものの依然として愚かしい時代への問いかけのように、私自身に錯覚をもたらすでしょう。

革命的なCM、7UP“バブルズ”映像と音楽のミスマッチぶりもステキ。


リーバイス“ブランド・ネーム”


トランブルによるバーチャル・リアリティを扱った先駆的SF作品


テレビジョン 内容を見ていきます。レーサー家の次男、スピード・レーサー(名前)はいつもカーレースのことを考えている少年です。尊敬する兄レックスは、その花形レーサーですがレース妨害を疑われ、出場したレースで事故に巻き込まれ命を落とした、とされています。スピード(名前)も青年となり輝かしい成果を上げカーレースを牛耳る巨大自動車会社ローヤルトンにスカウトされます。しかし違和感を覚え独立した立場を貫くことを決意します。輝く未来(或いは彼の過去形の夢)を手に入れられなかったローヤルトンCEO&COO(独裁者)はとたんに態度を豹変。こう言い放ちます“カーレースとは私が作った私のためのストーリーなのだっ!”八百長だったのです。出来レースだったのです。それにしても貴重で迂闊な告白ありがとうございます。そこでスピード(名前)はレースに一途だった兄が、彼らに暗殺されたことを悟るのです。スピード(名前)と彼の家族の戦いが始まろうとしています…。ちょっと引いて考えて見ます。勧善懲悪物語とは、困難を克服し最終的にヒーローが勝利することになっています。つまりヒーローのための出来レースです。この映画は、悪役の出来レースを告発するためのヒーローの出来レースストーリーという入れ子構造のようです。逆に言うと勝ち目の無い戦いに挑む、健気な悪役の悪あがき一幕物という感じです。まっ、それがセオリーなんでしょうけど。別の方向に引いてみます。ウォシャウスキー兄弟はメジャー・プロダクションで、精神の自主性を説こうと魂胆しています。これもまた皮肉な入れ子構造だと思われます。大衆を相手にすることはむしろ滅私奉公だからです。ローヤルトンも実は、自由主義経済下の悲しき囚われ人(=彼自身の価値を構築できない)だからです。そしてスピード(名前)は、名前によって人生を運命付けられています。レースのことを考えることは自分のことを考えること。レースに勝つことはアイデンティティであること。なんだかウォシャウスキー兄弟の複雑な企みが見えてきたようです。

PC ウォシャウスキー兄弟、そしてこの映画のVFXスーパー・バイザーであるジョン・ゲイターは同世代ですから、同じ映像遍歴を共有していることは想像に難くないでしょう。『マトリックス』の次に彼らはどのような技術的コンセプトを思いついたのか。気が付いたシーンを思い出してみます。冒頭、少年時代のスピード・レーサー(名前)がノートに描いているのはパラパラマンガです。誰もが通ってきたであろう簡易アニメーション遊びです。またレースシーンでは、コースの壁面にシマウマの絵が描かれていて、車を追っていくとそれらも走ってるように見えてきます。これは初期のアニメーション装置とされるゾーエトロープのCG再現ではないでしょうか。さらにゾーエトロープとは、トランブルやエイブルが使った特撮画像生成装置、スリット・スキャンの原型となったものでしょう。ゲイターはトランブルの弟子筋に当たる人なので、技術的継承がなされたものと思われます。ゲイターがこの映画で用いたバブルという手法は、球体の内側に背景となるマットペイントを貼り付け、その中に主写体を置いて視点を固定し、球体自体を動かす(=モーション・コントロール)といったもののようですが、円柱を動かすことによって、その内側の画像が運動しているように見えるゾーエトロープから、仮想の球体を動かすことによって、その内側の画像が運動しているように見えるVFXは、まさにアナログからデジタルへの進化を感じさせるものです。そしてそれはアニメーションの歴史と言えるものでしょう。ウォシャウスキー兄弟とジョン・ゲイター(と共同作業者のダン・グラス)は、静止しているものを動かせて命を与える(ANIMA+MOTION)、といった作業自体に敬意を払ったように思えます。それはVFXが映画製作における単なるコストパフォーマンスではないのだという気概、技術者魂といったものなのでしょうか。人生の一断面とは、何かしらを継承して発展させ、それをまた次世代へ繋げていくことでしょう。それは歴史認識が前提であることは当然です。しかし例えば日本の若い世代の人々は、商品化された技術を容易く手に入れることによって、技術史から乖離しているように思えます。いや、前の世代が体系化して伝えていないようです。そこから新しい何かは生まれてくるのでしょうか。実験映画と呼ばれるものはそれほど観ているわけではありませんが、それでも評判になった伊藤高志さんの『SPACY』は四谷時代の狭いイメージフォーラムで、ご本人の解説付きで観ていて、ただただその画面に圧倒されました。まさにサイケデリックだと思います。ここにもコマ撮りにおけるモーション・コントロールという技術的な問題もあるのですが、メディア(フィルム)上の、“実景と複製(写真)”という興味深い視点が既に提出されています。このような技術が、個人的なレベルで埋もれてしまうことが残念でなりません。この作品のVFX作業は、複数のVFXスタジオで行われているようですが、イギリス・フランスなどのアメリカ以外のスタジオも参加しているもののそこに日本のスタジオが無いことに一抹の寂しさを憶える次第です。

鉛筆2 スピード・レーサー(名前)は、レースによってアイデンティティを獲得するのだと先ほど述べました。ウォシャウスキー兄弟たちが作り出したエンドレスのレースコーナーとは、映画フィルム(=人生)そのものであって、ノートに描いたパラパラマンガは立体化して動き出したということでしょうか。これは映画製作とエンタテインメント産業のメタファーにも見えます。

サッカーボール 日本からはサニー千葉越えを目指す、真田広之さんがご参加です。日本人としては、当然日本原作ですから女性も含めもっと出演があってもいいと思うんですが、俳優組合が絡んでいるのか資本の関係なのか、中国人が日本人を演じるという『SAYURI』な結果となっています。がんばれメイド・イン・ジャパン。さぁ、じゃNOVAで英会話の勉強を始めましょうかね。日本の新進俳優のみなさん。

ラテ 事の真相究明のためにスピード・レーサー(名前)に助っ人が用意されています。レーサーXです。良い人なのか悪い人なのか、しかし最後には正体を明らかにしてくれます、みんな薄々判っています。なんとなく続編の予感がするのですが、アメリカでの興行成績は振るっていない模様で残念。それにしてもウォシャウスキー兄弟作品でまたボンデージなイメージの登場です。そっちのご趣味があるんでしょうか。

読書 パンフレットは700円。印刷・久栄社。製本所・表記なし。デザイナー・川上圭三(川上デザイン室)。A4変中綴じ横左開き44ページ。シナリオ採録なし。真ん中のページはマッハ5号の型抜きになっているよ。マッハ6号が作れるペーパークラフト付きだよ。雑誌コードがついてバーコード読み取りレジ対応だよ。オモテ表紙(2P)、イントロダクション(2P)、ストーリー(2P)、登場人物相関図(2P)、いろいろレース紹介(2P)、用語解説(3P)、レーサーとマシン紹介(5P型抜き含む)、キャスト&スタッフプロフィール(6+1P)、プロダクション・ノート(3P)、ペーパークラフト(2P)、ギャラリー(5P)、レーシングドライバー土屋圭市インタビュー(2P)、映画ライター森直人テキスト(2P)、音楽ライター森本康治テキスト(1P)、監督バイオとポップ・カルチャー評論家(死語かよ)みのわあつおテキスト(2P)、クレジットとヨコハマタイヤ紹介とグッズ広告(2P)。さすがワーナー!公式サイトとパンフレットとのコンテンツの共用はほとんどありません。これが良心というものです。作りもワクワクするようなパンフですが、できれば600円の通常パンフ価格据え置いていただけると買い安かったかと。

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