妥協せざる人々

映画館に観にいった映画についての感想文。

ドグマ・不純の誓い
―于颪辰娠撚茲亡脅佞靴燭
⊂暖饉圓箸靴討領場を明確にするぞ
1撚茣嫋泙竜_颪浪真佑砲睚薪であれ
け撚茲呂燭世修譴世韻農斬なんて持ち込むな
ケ撚茲乏壁佞韻鷲要ない
ι埔鰺な文章で失笑を買え
他人の価値観からの脱却を図れ
╋欧覿欧訖様佑竜せちを逆撫でてみろ
ナンバー・ワンではなく、ロンリー・ワンを目指せ(泣)
“映画好き”を自称しつつそれを貶める人間に憧れろ(号泣)


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お詫び
ただいま、個人的な理由により映画鑑賞が困難となっております。テレビ放送、あるいはビデオグラムなどでは鑑賞しておりますが、映画フィルムと劇場スクリーンがあってはじめて映画鑑賞が完成するという考えの下、当ブログのテキストは、劇場での鑑賞作品の感想に拘らせていただきたいかと存じます。暫しお待ちいただければ幸いです。
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おかげ様をもちまして“未公開または書きかけ”のテキストが100を越えました。観たこと自体忘れている作品も少なくありません…。こんな僕を許してください。
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愛してると言えないなんて  悒薀鵐献Ц爵夫人』
JUGEMテーマ:映画

08年8月1日(金)分

.献礇奪・リヴェット監督作品『ランジェ公爵夫人』

06年 フランス:イタリア。137分。カラー。ビスタ。配給 セテラ・インターナショナル 原題 NE TOUCHEZ PAS LA HACHE 字幕翻訳 寺尾次郎 鑑賞状況 観客20名程度。個人的タイトル『愛はさだめ、さだめは死』

予告編 大きくして見てね
     

指輪 ジャック・リヴェット監督作品というのは、今までそれほど熱を上げたという経験はなかったのですが、どうゆうわけか割合観ています。どういうわけか−ではなくて“ヌーベルヴァーグ”という洗脳のなせる技というものです。世間的には今でもこの題目だけで魚は釣れるわけです。50年経って“新しい”言われてもねぇ。それはそうとこうやってフィルモグラフィーを見てみると、80年代以降の作品はほとんど輸入されているようです。コムストック様、お疲れ様でございました。今回はセテラ様の二十周年記念ということですが、今後のリヴェット作品の配給はどうなることでしょうか少し心配です。リヴェット作品と言えば、比較的上映時間は長いのですが、語りが簡潔なので飽きないのだ、とは言えると思います。無駄の無さ、何を語るために何を省くのか、これはそのお手本のように思えます。というか無意味に饒舌になっていく“わたし”を如何に抑制するか、私自身が見習いたいと思います。4時間近い『美しき諍い女』でもそれは当てはまります。そして完璧な色彩設計。撮影のウィリアム・ルプシャンスキー(表記の統一が望まれる)はリヴェット作品に欠かせない存在でしょう。『美しき諍い女』はエマニュエル・ベアールの全裸が登場しますが、国際映画祭の特例だったはずの無修正オリジナル?フィルムで観て良かったと思います。その後の『ディヴェルメント』は明らかにローキーで焼かれていて好きではありません。修正の配慮があったんだと思います。それから通俗的な音楽の挿入がないのも個人的には好感を持っています。

カチンコ 一般的に言ってこの恋愛劇は、夫ある身の女と戦によって名を上げた男との、認識や作法の違いによって生じた悲劇の物語といったもののように見えます。つまり女にはこの寸止めの非日常が目的であるのに対して、男は女体そのものだとか"公爵夫人"といったステイタスを手に入れることが目的であるようです。もっと簡単に言うと、女は成就しない狭い世界で行なわれる情念の戯れに向かっているのに対して、男は社会(的立位置)に向いているようです。しかしそれは愛の誕生の反作用によって交差して寄り添わず立場は逆転してしまいます。エンディングの一つ前のシーンを取り出して、冒頭に持ってきたのはおそらくそのような語りの意図があったものと思います。沢田“ジュリー”研二さんがヒット曲『ストリッパー』で唄うように真実の愛は裸にならなければ始まらないのであります。この二人は脱衣できなかった模様です。しかし解釈としてどうも釈然としませんでした。夫人が“女の身の処し方”に沿って孤立無援(老いた同性の恋愛へのまなざしは“依然として”嫉妬であってだから教訓にならない)になるのに対して、男たちは卑怯にも徒党を組んでいることや、上流社会の言葉の使い方を嘲るモンリヴォーの友人たちに見られる“正装した卑賤”とでも言ったシーン、こういった演出に何かもっと別のものへのリヴェット監督の視線というものを意識せざるを得ないのです。例えばこうも言えると思います。“軍人は恋愛に於いても戦略的である、そしてそれは悲しくも相手を破滅させなければ終われない、それが軍人の本質だから。そのやり口は彼の熱狂者が彼の威厳を保つように後々修正さえ施されるだろう”リヴェット監督はこの映画で、好戦的な人物の取り繕えない浅ましさというものを描きたかったのではないか、そう思うようになってきました。だとすると前述の冒頭シーンの位置が、リヴェット監督の結論の前置きだということが判ります。すなわち“人としてではなく目的として奪還されることを拒んで死を選択した公爵夫人の生き様”それは自尊心に生きることに他ならない。営利的効率と不寛容に世界が覆いつくされそうな時代に、その“戦略”は表現者として当然のことに思えてきます。そこにはまたフェミニズムの目配せもあるのかもしれません。

桜 映画の中で何度か、夫人がモンリヴォー愛用の葉巻の匂いを嗅ぐシーンがあります。それは当然モンリヴォーの口唇への憧憬であるでしょう。と同時にその形状から言って…リヴェット監督の禁欲的演出に倣ってこれ以上の言及はしないこととします。

音楽 万年筆のカリカリといった音、モンリヴォーの不自由な足のブーツの音など音響にも配慮が為されているのはリヴェット作品通常進行です。静寂から立ち上がる気配とは何なのか。音楽が垂れ流される現代において、聴覚情報は虐げられ蔑まれて本質が確認しづらくなっているようです。繰り返し繰り返し同じものを大量に与えられて私たちは、耳が聞こえなくなっているのかもしれません。不審なものに巻き込まれたくなければ五感を鍛えろ。

読書 パンフレットは700円。印刷・成旺印刷。製本所・表記なし(成旺印刷?)。デザイナー・表記なし EQUIPE DE CINEMA 166。B5中綴じ縦左開き表紙込40ページ。シナリオ採録(14P)、解説とストーリー(2P)、目次(1P)、エキプ・ド・シネマ封切映画一覧表(2P)、奥付と次回上映作品紹介(1P)、監督インタビュー(1P)、キャスト&スタッフクレジット(1P)、フランス文学者・渡邉一民(2P)、フランス文学者・鹿島茂(2P)、学習院大学教授・中条省平(2P)、映画評論家・和久本みさ子(1P)、作家・木崎さと子(1P)、服飾研究家・深井晃子(1P)、慶應義塾大学講師・杉原賢彦(3分の2P)のテキストはパンフレットのみ。監督プロフィールとフィルモグラフィ(2P)、バルザック紹介(3分の1P)、主要キャストプロフィール(2P)は公式サイトと共通。イントロダクション&ストーリー、スタッフプロフィール(3名分)は公式サイトのみ。久しぶりに岩波ホールのパンフレットを買いましたが、いつの間にやら表紙ウラには広告が!いっそ“昔の方が良いのやってたじゃん”な封切映画一覧表もしつこいのでやめて(公式サイトで見てね)、冒頭の岩波ホール礼賛テキストもやめて(岩波ホールで観てないし…)、そこにも広告入れて定価下げていただけると。フランス映画だとよく見かける鹿島−中条ってのもいい加減飽きました。解釈に於ける正しさってなんだよ、オイ。むしろ当作製作当時のフランス国内状況を語れるジャーナリストにお願いしたい。それとパンフ界に燦然と輝く成旺印刷なのにカラー写真の色味が気になります。で希望価格600円。

見つめ合う二人

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