妥協せざる人々

映画館に観にいった映画についての感想文。

ドグマ・不純の誓い
―于颪辰娠撚茲亡脅佞靴燭
⊂暖饉圓箸靴討領場を明確にするぞ
1撚茣嫋泙竜_颪浪真佑砲睚薪であれ
け撚茲呂燭世修譴世韻農斬なんて持ち込むな
ケ撚茲乏壁佞韻鷲要ない
ι埔鰺な文章で失笑を買え
他人の価値観からの脱却を図れ
╋欧覿欧訖様佑竜せちを逆撫でてみろ
ナンバー・ワンではなく、ロンリー・ワンを目指せ(泣)
“映画好き”を自称しつつそれを貶める人間に憧れろ(号泣)


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お詫び
ただいま、個人的な理由により映画鑑賞が困難となっております。テレビ放送、あるいはビデオグラムなどでは鑑賞しておりますが、映画フィルムと劇場スクリーンがあってはじめて映画鑑賞が完成するという考えの下、当ブログのテキストは、劇場での鑑賞作品の感想に拘らせていただきたいかと存じます。暫しお待ちいただければ幸いです。
お知らせ
おかげ様をもちまして“未公開または書きかけ”のテキストが100を越えました。観たこと自体忘れている作品も少なくありません…。こんな僕を許してください。
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恋のエントロピー  悒好ΕА璽妊ッシュ・ラブ・ストーリー』

JUGEMテーマ:映画
08年11月17日(日)分

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69年/スウェーデン/114分/カラー 配給:スタイルジャム:ビターズ・エンド 原題: EN KARLEKSHISTORIA  字幕翻訳:松浦美奈 鑑賞状況:客席3.5割程度。個人的タイトル『そして憎しみに至る』


 ロイ・アンダーソン(スウェーデンだからやっぱアンデルソンとかじゃなくていいのかな?イーデス・ハンソン)監督作品は5年前の7月にシネセゾン渋谷で『散歩する惑星』を観ています。カンヌ国際広告祭(早口言葉か!)などCF業界ではつとに有名な方らしいのに、つまり企業の発注で宣伝映像を製作しているという立場なのに、植木等さんの『無責任男シリーズ』とはまた違ったやり方で、会社生活をこんなにもシニカルにおちょくるなんてすごい人だなと、その時は思いました。ですから続々の作品配給に胸が膨らみました。久しぶりにええもんめっけっ!てなもんです。しかしそれは叶いませんでした。しょうがないのでベント・ハーメル監督の『キッチン・ストーリー』でも観て茶を濁していました。いやいや、冗談です。これはこれで面白かったです。で、今回久しぶりで待望の新作『愛おしき隣人』と抱き合わせということで最初の長編劇場作?のこの作品がリバイバル配給ということらしいです。ワクワク。でもロードショーの恵比寿ガーデンシネマでは観られませんでした。もう相当端っこまで歩くのは億劫になっています。早稲田松竹での上映ありがたいです。

 みなさんがおっしゃられている通りの“幼い二人の恋の物語”だけにフォーカスして観ると、後半ダレてくるかもしれないです。想像するに短縮版だったという71年の最初の公開(小学校低学年なので鑑賞は無理、理解不可能)にあたりバッサリ切られたのは、後半のパーティー・エピソードだったんじゃないでしょうかと。本当にそんな“初々しくもほろ苦い”をテーマにしただけの作品なのでしょうか。ちょっと斜めから眺めてみようかと思います。確かに最初はそんな感じの演出です。バックには感傷的な音楽も薄く流れています。ちょっとストーリーを物語るというより、端から二人を観察している感じ、ああ、わたしにもこんな時期があったあった、微笑ましいなみたいな。時代を感じさせる映像詩的作品仕立て術。しかし鑑賞された方はお分かりのように、二人も恋も後半放置されてしまいます。すいません、話が途中なんですけど…と思ったまま親の立場へ移行してしまいます。子供と親の決定的な違いは、親は否応なく世間と対峙していること。私にはむしろこの作品は、恋の誕生からその破産を親子あるいは二つのカップルを使って巧みに計算して作られた作品のように思えてなりません。整理して言い直すと、或る恋愛遊戯の生まれてから死ぬまでについてを、若者たちは過去を、年配者は未来を演じるという時間のスパイラル。或いは親は子供の未来であり、子供は親の過去であるという寓話。抜けられないヒエラルキー。子供は親を見て自分たちの前途多難を知るのだとしたら、こんな皮肉なことはないでしょう。だからただ単に純粋な青春時代に対置させて、親の事情に時間が割かれているのではないと思える。先に『散歩する惑星』を観ていなければこうは思わなかったかもしれませんが、ロイ・アンダーソン監督作品にはアイロニカルな視点が満載のようで、一筋縄でいかないところが私はとても気に入っています。今回の2本を観るに当たっての良い予習になりました。しかもその対立軸が“男VS女”ではない。女はいつも置き去りにされて“男VS世間”となってでも世間は何なのか知らされない。過剰な想い入れは確認できても他人からすると思考停止状態や狂気にも見えてくる。だから観ている私は想像でそれを補わなければならず、例えば前半の若い世代のいきさつは、愛とは見詰め合うことなのだし音楽を奏でることなのだから(わぁ、ロマンチック!)これでいいのだ、と思いつつ、解禁されて数年経ったスウェーディッシュ・ポルノ映画が用いる愛に至る常套表現(=ラブ・ストーリー)への揶揄なのではないか、とついつい考えてしまうのです。少年の職場の同僚の男も、週末に給料を貰ったうれしさからか、女は男にやられるのを待っているとおっしゃっています。ただ単に自分がやりたいだけだと思いますが…。つまり性的な付加価値を持った記号がただ右往左往するだけで、ストーリーからは実体人生は窺い知れない。ポルノは見世物商売として“それ”が目的ではあるとはいえ、それに純化してしまうことは、どことなく当世流行の音楽に乗せて席巻する、訳知り顔で口当たりのいい言葉の羅列に、人生を見出す空しさ、或いはその気もないのに変わることに夢を抱こうとする政治的幻想、こういったものにどことなく似ている気がします。君が不在であればあるほど二人の愛は深まっていくのさ、とか何とか…。実体から幻想に想いが移行するとき、崩壊へのカウントダウンは始まるのかもしれません。有り体に言えば中身が無い。記号に恋焦がれることは危険なんじゃないかと。文民統制下の軍隊の立脚点は、あくまでも現実であってロマンではない。ロマンに移ると途端に大衆を巻き込む暴力になる。だからロマンは個人的なコンプレックスの克服だけにしといてもらいたい。がんばれ日本!ちょっと横道に言い過ぎました。 若年結婚と離婚率の増加と児童虐待を踏まえた上で再検討する恋愛のプロパガンダの作法。なかなかスパイスが効いていると思います。

 後半の少女の父親はどうでしょう。都市生活者の彼は、パーティーで招かれた田舎で混乱しているようです。いや、正確に言うとその前から既に混乱しています。社会生活につまづいて家族に八つ当たりの態です。彼がここで発見するのは、この地に住む人々が過剰に所有することに興味を持っていないこと。冷蔵庫がなくても地下で冷やすさ、魚は湖で釣るさ、物欲というものがあまり感じられない。それより人といっしょにゆったり楽しんでいたい方優先。彼の混乱が明らかになってくる。戦後、私が信仰してきた価値観って何だったの?ここと全然違うじゃないか!オレってエコノミック・アニマル?娘に向かってささやかな抵抗の雄たけびin森の中。“お前には金に不自由させないからな〜”“贅沢な生活を送らせてやるからなー”“こんなド田舎楽しくねぇぞー”と。そこで初めて映画の真意が自分勝手に見えてくる。打算とは無常であり、永遠の愛の誓いは無残だ。経済危機とは何のことはない精神的荒廃の一断面のことだろう。お金儲けいけませんか?いけなかないけどその副作用を他人に押し付けるなよと。愛を育むためにやらなければいけなかったことは何なのか?アンダーソン監督が私たちに暗示する世間とは何なのか?それは、ただ見守るだけでけして助けてはくれない、友達の振りをした不気味な群集なのかもしれない。村の人々は心配して探し回ってくれました。何にも代え難いものを発見したようです。おとーさん、気持ちが落ち着きました。

 スウェーデン映画と云えばイングマール・ベルイマン監督作品という見方が支配的のようですが、と同時にポルノ作品供給国というのが三昔前くらいの認知なんでしょうか。4年前に新文芸坐での中島貞夫監督特集で観た『ポルノの女王 にっぽんSEX旅行』(73)も、スウェーデンのポルノ女優クリスチナ・リンドバーグさんが極東まで遠路遥々出張出演ですので、北欧の性表現には当時相当の期待に股間が膨らんでいたのかもしれません。あんさんも好っきやなぁ。そんな中でこの作品も『小さな恋のメロディ』ブームというよりむしろ6年前におしゃれにリバイバルされた『私は好奇心の強い女』あたりのポルノ作品群のオプションとして輸入されたのではあるまいか?と勝手に想像してしまいます。真相やいかに。それはともかく、『ショー・ミー・ラヴ』(ルーカス・ムーディソン監督)という本国で大ヒットしたという作品が2000年に配給されて、ル・シネマなどでロードショー公開されています。30年後のスウェーデンの生活と青春はどうなったんでしょうか。未見が悔やまれます。

 製作された69年というと昭和44年ですが、今回の上映はデジタルリマスターされてということなのか、それとも元々なのか新作といっても信じてしまうくらいキレイな映像なので驚いてしまいました。例えば市川崑監督の『東京オリンピック』は当然65年ですから、この作品とて別に不思議ではないのですが、北欧の映画は状態が良くないという先入観がどういうわけかあります。なぜでしょうか。もしかするとソビエトや東欧映画鑑賞の経験がゴチャゴチャになってるかもしれません。しかも異国だからということもあるでしょうが、髪型や服装に流行が入り込んでいない(ように見える)ので違和感がない、故に新作のように感じられるということでしょうか。

読書 パンフレットは定価500円/印刷・北斗社/製本所・表記なし/デザイナー・大島依提亜/GARDEN CINEMA EXPRESS ナンバリングなし/B6中綴じ横左開き横組 /シナリオ採録なし/表紙込28P内訳:表紙4Pデザインのみ/写真等11P/奥付1P/テキスト川本三郎2P・姫野カオルコ2P・滝本誠2P/イントロダクション1P/レビュー1P/ストーリー1P/キャスト紹介(2名だけ)1P/スタッフ紹介(3名のみ)1P/クレジット1P。公式サイト(『愛おしき隣人サイト内』)とのテキストの共用はイントロダクションのみです。パンフレットはこうじゃなくちゃね。『愛おしき隣人』パンフが600円なら400円合計1000円でよろしくお願いします。ちょっとわがままでしょうか。


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パンフレット表紙 オモテとウラ ロゴの色は実際にはメタル系です。

▲蹈ぁΕ▲鵐澄璽愁鶸篤頂酩福悵Δしき隣人』
    →11月17日付

『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』展(国立西洋美術館)
    →これはパイプではない(別ブログ)
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