妥協せざる人々

映画館に観にいった映画についての感想文。

ドグマ・不純の誓い
―于颪辰娠撚茲亡脅佞靴燭
⊂暖饉圓箸靴討領場を明確にするぞ
1撚茣嫋泙竜_颪浪真佑砲睚薪であれ
け撚茲呂燭世修譴世韻農斬なんて持ち込むな
ケ撚茲乏壁佞韻鷲要ない
ι埔鰺な文章で失笑を買え
他人の価値観からの脱却を図れ
╋欧覿欧訖様佑竜せちを逆撫でてみろ
ナンバー・ワンではなく、ロンリー・ワンを目指せ(泣)
“映画好き”を自称しつつそれを貶める人間に憧れろ(号泣)


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お詫び
ただいま、個人的な理由により映画鑑賞が困難となっております。テレビ放送、あるいはビデオグラムなどでは鑑賞しておりますが、映画フィルムと劇場スクリーンがあってはじめて映画鑑賞が完成するという考えの下、当ブログのテキストは、劇場での鑑賞作品の感想に拘らせていただきたいかと存じます。暫しお待ちいただければ幸いです。
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おかげ様をもちまして“未公開または書きかけ”のテキストが100を越えました。観たこと自体忘れている作品も少なくありません…。こんな僕を許してください。
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アンド・ホエン・アイ・ダイ  悒戰鵐献礇潺鵝Ε丱肇鵝/奇な人生』

JUGEMテーマ:映画 

.妊咼奪鼻Ε侫ンチャー監督作品『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』


08年/アメリカ/167分/カラー 配給:ワーナー・ブラザーズ映画 原題: THE CARIOUS CASE OF BENJAMIN BUTTON 字幕翻訳:アンゼたかし 鑑賞状況:5人 個人的タイトル『私の20世紀』

予告編




 この度のアカデミー賞では残念ながら主要な賞は取れなかったブラピ主演の『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』であります。恐いのはダメなので申し訳ありませんがデビッド・フィンチャー監督作品は初めて、しかも長尺なので鑑賞を躊躇していたのですが、広告に使われている写真を見て“これって『ルーブル美術館』展でも出品されているラ・トゥールやりたかったんちゃうの?”と思ったところで興味が湧いてきた次第です。こだわりの画面設計であるようです。

           

 ただでさえ通常ではない時間の進行に心を奪われやすい私ですので、この映画も魅せられてしまいました。成長が逆行する男の人生を、死せる老婆が回想するという物語。しかもそれは娘に受け継がれるのだから永遠と円環とが同時進行です。回想に於けるベンジャミン・バトン(ブラッド・ピットさん)と現実のデイジー(ケイト・ブランシェットさん)のそれぞれの死が、物語の進行により重なり合うということです。エッシャーの奥行きの錯覚を、映画という時間芸術に再構成させた時間軸的錯覚(ナンのこっちゃ)。過去がライブで現在がデッド?彼女(回想)の死は彼の死であり、映画の終末なのでした。随分と入り組んで複雑な構成をしています。男と女が愛し合い、進み方の異なるその人生を交差させるとき、ハチドリが舞うがごとくそれは無限になる(但しここでの意味は、むしろメビウスの輪のように思える)寓話。そういえばこの映画には直進ではないイメージが溢れていました。起こらなかった願望と現実の混濁、永劫回帰(老婆のスペシャルメイクは『2001年』のキア・デュリアに似ている→『ツァラトゥストラ』→ニーチェ)、ハリケーン(うずまき)、白人が黒人の養子になる、ラグタイム・ピアノの音色などなど、これらを“数奇な人生”のメタファーと理解したい。もはや気絶寸前であります。フィッツジェラルド原作とのことですが、いや一本取られました。そういえば『夜はやさし』でも物語は時間を前後するんでしたよね。

 私たちは皆、若かった過去の思い出とともに生きています。けして老いる未来ではないでしょう。寺山修司先生が“不完全な死体として生まれ何十年かかって完全な死体となる”とおっしゃったように、生まれた私たちが生きていけるのは、死という完全への時間は個人差があって判らないからですがベンジャミン・バトンはそうではなかった。自分の身体が人生の有限を表徴している。こんな残酷ってあるんでしょうか。やっぱりデビッド・フィンチャー監督は恐い系の人みたいです。それは冒頭の時計のくだりでそれとなく予告されています。老人が赤ん坊へというこの物語が、しかし荒唐無稽かどうかは私には判らない。私たちはまだ物質と時間の関係を何も判ってはいないのだから。“トンデモ”なんて言う連中は、地動説を哂い排斥した者の末裔なのかもしれません。

 デイジーがバレエ・リュスにアメリカ人として初めて招かれるというエピソードが出てきました。ただモダンバレエの始まりだけでは収まらない複合芸術の一方の結晶(興行としても)であるバレエ・リュスの座員になるということは、当時この上ないくらいの栄光だったんでしょう。だから事故でその輝く未来を断念しなければならないことは悲劇以外の何ものでもない。イカロスの翼が溶けて墜落した時、会社経営者の跡取りとして生まれながらもその身体ゆえに棄てられた(落とされた)男が愛を与えてくれた。しかし彼は野望を持つことを禁じられている。肉体と精神が乖離しているから、時間のかかる欲望を自分の手で現実化できない。愛も壊れるであろうことが理解できる。男は女の下を去る。物語の従来からすると男と女の立場が倒錯しているようです。ところでバレエ・リュスと言えば私なんかはアンナ・パブロワとかニジンスキーが思い浮かぶのですが、ニジンスキーは『潜水服は蝶の夢を見る』でも、主人公が入る療養所でその伝説が言及されていますよね。

 作品の趣旨に従ってふりだしに戻ってみます。老人として生まれることが荒唐無稽とは判断できないと前述しました。仮にそれがありえない話なのだとしたら、誰がそう望んだのか疑問に思えてきます。愛の理想が出会ってから死ぬまでを添い遂げるこのなのだとしたら、この男と女は事実認識として成功してはいません(誠に残念なのですが、世の中のほとんどの愛と呼ばれるそれは、果敢な挑戦と無残な失敗を繰り返すものと思われます!)。しかしそれは愛が未遂に終わったわけではなく、願望に至らなかっただけであって確かに存在はしていたのだと。老婆はその死に際して、男の人生を意図的に逆転させて物語る(困難を持ち込む)ことによって、“予め欠落している愛(ミッシング・リンク)”を完結させたのではないかとも受け取れます。それにそうしておけば“今死ぬ私”は誕生することにもなりますし。合理によって絶えず完全を求められる現代の私たちの人生は、それゆえ困難を極めるもののように思えます。もっと楽に生きりゃいいじゃん。身の丈に合わない劇的なるものの憧憬と実人生への誤った導入は、ただそれだけで敗北している、と言ったら言葉が過ぎるでしょうか。

 先ほど時間芸術である映画へのまなざしについて述べました。特筆しておきたいのは冒頭の“つかみ”のシーンです。戦場に行って死んだ愛する息子は、時間を戻すことによって生き返ることが出来る、とは映画そのものことです。またカラーフィルム以降の過去時制表現は黒白(Black&White)が通常ですが、ここではさらに進んで着色を施している点にも注目しておきたい(実際はカラーフィルムのデジタルによる色彩加工なのだと思われる)。過去は人為的に加工することによって現代に蘇るのか?(=デイジーの回想)、それは正しい選択なのか?デビッド・フィンチャー監督はそう世間に問うているのでしょうか。劇中何度も出てくる“雷に撃たれやすいオッサン”のエピソード(単純に笑えるし不死について考えさせられる)が一貫して黒白だったことを思い出してみてください。何年か前にクラシック作品に対しての着色、いわゆる「カラライゼーション」にウディ・アレンさんやスピルバーグさんが反対を表明していましたよね。しかもここでは着色だけでなくご丁寧にフィルムキズやらゴミ・欠落まで再現しています。手塚治虫先生の野心的なアニメ『おんぼろフィルム』を思い出しました。デジタル化、フィルムレスによって失うものは、物体(メディア)に対する偏愛だけなんでしょうか。やっぱり映画も…(突然の死)。



 アレクサンドル・デプラさんの音楽はけしてドラマの邪魔をせずすばらしいものでした、それはまるで夢の中でまどろんでいるかのようです。ヒーリング・ミュージックとしても有用かもしれません。

 パンフレットはブラピ人気を当て込んでか900円と強気できました!印刷・日商印刷/製本所記載なし/デザイン・川上圭三(川上デザイン室)/編集・奥野多絵(松竹株式会社事業部)。200×236平綴じ縦左開き(横組み)表紙込み88ページ。表紙4P(ウラ白)写真32P、監督の言葉1P、コピーとアカデミー賞ノミネート紹介1P、目次1P、イントロダクション2P、ストーリー2P、椎名誠インタビュー2P、ブラピのインタビューとプロフィール2P、ケイト・ブランシェットのインタビューとプロフィール2P、斉藤博昭(映画ライター)テキスト2P、監督のインタビューとプロフィール2P、綾戸智恵(シンガー)インタビュー2P、その他のキャスト・プロフィール8名4P、白石一文(作家)インタビュー2P、プロダクション・ノート3P、プロダクション・ノート3P、八木亜希子(アナウンサー)インタビュー2P、プロダクション・ノート4P、宮脇俊文(大学教授)テキスト2P、鬼塚大輔(映画評論家/大学教授)テキスト2P、プロダクション・ノート4P、藤子不二雄Ⓐ(漫画家)インタビュー2P、スタッフ・プロフィール13名4P、クレジットと奥付1P。 イントロダクションは公式サイトと同文でPDFでDL可能。キャスト&スタッフ・クレジットも同文か少し手を加えた程度であり共用と考えても良さそう。内容てんこもり過ぎるので、通常の中綴じパンフで500円でお願いします。表紙はフラクタルと考えても宜しいんでしょうか?



公開資料

チラシ






 ユニバーサル・ミュージックからの国内サントラ盤もチカラ入ってますよ二枚組。1枚目はアレクサンドル・デプラさんによるオリジナル曲、2枚目はセリフ入りのフィーチャー曲など全46トラック3000円!買う人いるのかな?通常1枚2500円だとするとお買い得?エドワード・ホッパーの表紙になってるフィッツジェラルドの原作&その他の短編は角川文庫より。あらら、これももうDVD出てるんですか、じゃ劇場で観ないよね。
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