妥協せざる人々

映画館に観にいった映画についての感想文。

ドグマ・不純の誓い
―于颪辰娠撚茲亡脅佞靴燭
⊂暖饉圓箸靴討領場を明確にするぞ
1撚茣嫋泙竜_颪浪真佑砲睚薪であれ
け撚茲呂燭世修譴世韻農斬なんて持ち込むな
ケ撚茲乏壁佞韻鷲要ない
ι埔鰺な文章で失笑を買え
他人の価値観からの脱却を図れ
╋欧覿欧訖様佑竜せちを逆撫でてみろ
ナンバー・ワンではなく、ロンリー・ワンを目指せ(泣)
“映画好き”を自称しつつそれを貶める人間に憧れろ(号泣)


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お詫び
ただいま、個人的な理由により映画鑑賞が困難となっております。テレビ放送、あるいはビデオグラムなどでは鑑賞しておりますが、映画フィルムと劇場スクリーンがあってはじめて映画鑑賞が完成するという考えの下、当ブログのテキストは、劇場での鑑賞作品の感想に拘らせていただきたいかと存じます。暫しお待ちいただければ幸いです。
お知らせ
おかげ様をもちまして“未公開または書きかけ”のテキストが100を越えました。観たこと自体忘れている作品も少なくありません…。こんな僕を許してください。
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ボーイ・ミーツ・アナザー・ワールド ◆愍さな冒険旅行』『ユンボギの日記』
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タル・ベーラ:アニエス・フラニツキ共同監督作品『倫敦から来た男』
    →1月24日付

大島渚監督作品『小さな冒険旅行』

63年/日生劇場映画部/60分/カラー フィルム状況:キズ・欠落はないようだが超退色、脱色でほとんど黒白状態につき不可。 個人的タイトル『渡る世間は鬼は外、福は内』

 フィルムセンターで1ヵ月開催の「映画監督 大島渚」特集であります。現場は例のごとく加齢臭うずまいておりますよ。もはや他人のことは言えませんが…。いや、しかし何年か映画を観てますと、レトロスペクティヴやってる最中や直後にご本人がお亡くなりになられるケースを内外とも何度か経験しているものですから、今回もちょっとヒヤヒヤしてたんですよね。ましてや去年だって川崎市市民ミュージアムの特集から始まって、ぴあでも「大島渚講座」なんてやってたし、続いて近くのシネパトスでも特集やってましたから嫌〜な胸騒ぎというものです。何なんだこの企画の重複ぶり。御身体いかがなんでしょうか大島監督。それはともかく大島渚という名前をはじめて知ったのは私がまだ小学生だった頃、NETの「奈良和モーニング・ショー」での人生相談のコーナーであります。型板ガラスの向こう側で苦悩する一般参加者に、裁判長のごとく問題の解決と今後の生活の指針を与えるという“怖いおじさん”という感じでありました。大島渚は閻魔さまか。

 実際にその作品を観たのは高校生だった83年の『戦場のメリークリスマス』でした。ビートたけし(当初は緒方拳さんだったとか)とYMO坂本龍一の当時飛ぶ鳥を鉄砲で撃つ勢いのふたりを起用したことで大ヒット間違いなしと。たけしMCのオールナイト・ニッポンでも散々ネタになってましたし純朴な少年(どこがじゃ)は簡単に騙されてしまいましたよ。でもほとんど爆睡してましたんで 客電がつくと劇場内にはクラスメイトの顔顔顔…て言うか学生服の一団が劇場を占拠。青春の汗臭さが場を席巻!今ではダサいとしか思えない山本寛斎デザイン“THE OSHIMA GANG”のシャツ欲しい、などという思い出。一種のお祭り騒ぎでしたね。サントラも買っちゃったし。ですからその後の87年に文芸地下劇場で当時の最新作『マックス・モン・アムール』(86年、あれっ、今回上映がないのはなぜ?)の公開記念で行われた「大島渚ワンマンショー」で一連の作品に接した時はさすがに驚きました。この乖離ぶり。浮かれ気分の若造がいきなり横っ面を引っ叩かれたかの衝撃。でもほとんど爆睡してましたんで 私が思うに『夏の妹』と『愛のコリーダ』には製作姿勢に大きな溝があるのではないかと。『愛のコリーダ』では性描写演出の挑戦=ハードコア導入という世間的に大いに騒がれたオモテ側の影には大島渚自身の、世界に打って出る売名行為=主体的権力闘争があるように思えます。俺はこの程度のバジェットの作品群で終える人間じゃねぇぞ、と。あるいは日本映画はついに文化的余裕を失って、お気楽な娯楽作品に占有されて居場所が無くなったとも考えられます。自主的事業仕分けかよ。私の興味は『夏の妹』以前の作品群です。おそらく今後もその考えは転覆することはないと思います。それに『日本映画の百年』(95年)というテレビ作品も観たのですが、日本映画のというより俺の映画回顧録といった感じで、ラストで何気に“崔もたけしも俺の弟子なのよ”みたいな感じになっててあらら〜と。しかもまさかの紫綬褒章受章でダメ押しだもん。10年経ちますが『御法度』(99年)は怖くて観れてません。観ないんじゃないかな、まちょっと覚悟はしておけ〜。

 そんな訳ですから、今回の特集上映もほとんど用は無かったのですが、どうせなんであまり見かけない作品を観ようということでこの作品となりました。本当はいすゞのPR映画『私はベレット』(64年、日産がバブル期に作った『フィガロ・ストーリー』(91)みたいなものか?)という作品を観たいのですがやらないみたいなので残念。フィルムセンターには所蔵してないのかな。『戦場のメリークリスマス』公開記念に三百人劇場で行われた「大島渚の全貌」では全部やってるみたいですが。国立美術館でのレトロとしては今回の企画はちょっとショボイと思います。

 大島渚の63年というと前年に東映京都に招かれて大川橋蔵主演『天草四郎時貞』を監督するものの興行的には成功しなかったとされており、その所為か65年の『悦楽』まで劇場公開作品はない。企画が流れたということもあるだろう。その合間のテレビないしPRの仕事である。既に松竹を退社、独立プロダクション創造社を立ち上げていた。これは作られたばかりの日生劇場の製作で原案は石原“裕次郎の兄”慎太郎。日下武史も出演しており、別にオペラ歌唱シーンなどもあるから劇団四季・浅利慶太も絡んでるのかどうか。今では考えにくい組み合わせ。期待される若い情熱の行きようは同じではない。PR作品として製作されており(日本生命がよく『日本の夜と霧』の監督に依頼するものだが)原案もあることから、他の大島作品とは単純に比較検討できない。それに少女がパリの現実を目撃するルイ・マル監督作品『地下鉄のザジ』は60年に製作されてもいる。しかし坊やが紛れ込むビルの建設現場、アパートでの新生活、押しくらまんじゅうの通勤風景、忙しなく顔の見えない遊園地や競馬場の客などを観るにつけ、時は東京オリンピックモードでもあり都市化が郊外へ拡散する東京、あるいは大家族のなしくずし的崩壊、個人の矮小化というテーマは見つけ出すことができる。坊やの不在に気づく家族はおらず奇跡的に帰宅できたことによってこの話は終わる。たったひとりの記憶は幼児ゆえにあやふやになる。雷門の前で見かけた靴みがきたちも浜村純のバタヤのおっさんも、坊やが大人になる頃にはどこへともなく姿を消すのだろう。静かに忘れ去られていく何か。私はゼネコンがやっていることは風景の戦後処理だと思っている。闇市などから発展した駅前商店街の破壊と再構築。それは敗戦の記憶の視覚的歴史修正なのだろうか。街は整理されているのかどうか、本当のところはわからない。(アントニオ・ガウディのサグラダ・ファミリアは、建設中であり続けることによって特定の時代の付帯に抗っているのだろうか?)

 今思えばニッセイのおばちゃん(中北千枝子を起用してむしろやさしくいくらか若いおばあちゃんというイメージ)とは、だから核家族への移行を的確に捉えたマーケティング&メディア戦略なのだ。人と貨幣との価値順位はお茶の間の現場でも転倒する。安心感は契約によって手に入れなければならない。このことはこの後66年にゴダールが監督した『彼女について私が知っている二三の事柄』にも呼応する(女性は個人の時間を獲得する)から、先進国共通の時流だったのだろう。それとも10年後に、それこそ子供の視点(小津ポジション)で撮られた『東京物語』(53年)へのアンサー・フィルムとも考えられる。それはもう大船調といった情緒が完全に成立しないことの表明でもある。


B臈臀躊篤頂酩福悒罐鵐椒の日記』

65年/創造社/25分/黒白 フィルム状況:可。 個人的タイトル『転んでも立ち上がる』

二度目の鑑賞。創造社による自主製作。65年は敗戦後20年である。ということは韓国の日本支配からの開放20年でもある。この事実は不変で表裏一体である。そのことを繁栄の渦中にある日本人としてどう考えるのか。あるいは忘却していることの認識。確信的に(特に極東アジアを)見ないことの告発。戦後からこの間には朝鮮特需もあっただろう。小松方正による力強く何度も繰り返されるナレーションは、国家の都合によって貧困にさせられる者への共感だ。民族がどうのという話ではない。それとは対照的に、イ・ユンボギの声は女性によってつけられている。それは親の愛情への憧憬と決別。怯えているが絶望ではない。これは戦争どころか戦後の混乱さえ知らない子供たち(私たち)への、戦争そして日本と朝鮮半島を考えるための参考映像のようだ。ましてや司馬史観が再紹介されていることでもあるし、有効性は失っていないだろう。民族と一国家の優位性に拘泥する者は、いつも恐怖のイメージとそれを克服するヒロイズムを喧伝するから注意が必要だ。全編スチール写真による構成。この後『忍者武芸帳』(67年)でも実写でもアニメでもない劇画そのものを撮影する試みをしている。『白昼の通り魔』(66年)『絞死刑』(68年)やいくらか軽い作品を経て、『儀式』(71年)で大島渚自身もいよいよ煮詰められることになる。

 NFCニューズレター第88号。300円。制作/印象社。デザイナー/表記なし。A4中綴じ横左開き表紙込み16ページ。特集1:映画監督 大島渚は巻頭4ページが当てられ平野共余子氏(映画研究者)によるアメリカにおける大島作品上映事情が紹介されていて興味深い。



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 武満作品でフェンダーローズ聴けるとは思わなかったんで、最初は驚きましたね。
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